どんなに仲の良い人同士でも、意見の合わない時があるものです。
「こんにゃろ~」と怒りが湧いてきたり、思わず言葉にしてぶつけてしまったりして、険悪な空気になっちゃったり・・。
感情については、以前「自然に湧き上がって来るもの」と書きました。
なので、湧き上がってくるのは仕方がないのですが。
問題は、「どうしてその感情が湧き上がってしまったのか?」と言うところにあります。
赤ちゃんの頃には、感情は【快(嬉しい)】か【不快(嫌)】で、シンプルでした。
大人になるうちに、その感情はだんだんと複雑になっていきます。
快なら、感謝・喜び・愛しさ・優しい・慈しむ・笑い とか
不快なら、怒り・憎しみ・嫉妬・嫌悪・悲しみ などなど
それで、最初はシンプルだった感情表現も、大人になるにつれて表現する方法も複雑になっていきます。
オムツが濡れたら「あーん😢」と泣いていた赤ちゃんの頃の様にはいかず、
成長するにつれて「泣くな!」と教育されるので、自分の悲しみを別の方法で表現しようとします。
それが「怒り」です。
本当は(理解されない)ことが悲しいのに、それを悲しみとして表現できないので、
人は【怒り】という形で、それを表現しようとします。
大切な人に怒りを感じたときこそ、その根底には深い悲しみがあると、私は思います。
自分にとって大切な相手だからこそ、その悲しみが憎しみに変わることもあるかもしれません。
(もしくは「自分にとって大切な事」を理解されなかった。という悲しみ)
でも、そこで大切なのは「本当は悲しかったのだ」と、怒りの後ろに隠れている感情に気が付くことです。
「怒っている」と自分では思っているのに、本当は「悲しかった・傷ついた」と認めることは勇気がいることです。
それは、一見自分の弱さを認めるようにものだからです。
「どうして、そんなことくらいで傷つくの?」
「どうして、そんなことくらいで悲しいの?」
そういわれてしまうと、もう自分の心が立ち直れなくなりそうだから、怒りという形にしてエネルギーを上昇させます。
なので、怒りが湧くときは、生きるためにエネルギーを上昇している行為にも思えます。
でも、その怒りのエネルギーを上昇させすぎてしまうと、自分の為にもよくありません。
もし怒りを感じたときは、いったん自分が冷静に落ち着くところにいき、
怒りの裏側にある、本当の感情を見つけてください。
怒りの裏側にある感情は、悲しみでしょうか、それとも理解されなかった寂しさでしょうか。
その気持ちをどこで深く感じますか?
胸?お腹?肩?頭の中?
その感情を感じる場所に、自分の手を当てて、温かさを感じてみましょう。
クォンタムタッチができるなら、手を当てるとき呼吸とスウィープを行ってあげるといいでしょう。
悲しみが深いときなどは、なんども気が付いたときに自分を癒してあげてください。
大切なのは、険悪になった相手をどうにかこうにかするよりも、自分の感情に寄り添うことが先です(*‘ω‘ *)
感情は波のように、寄せては返し、いつでも同じところにはいません。
荒れ狂う時も、凪のときも、色々あるかもしれませんが、きっと大丈夫!
それはあなたが「生きてる」ってことだからです。
一緒にかんばりましょう♪
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